脱引きこもりの方法!国際交流シェアハウスが変えたもの

国際交流シェアハウスに入居を決める前のピースって?

国際交流シェアハウスとは
簡単に言うと
日本人と外国人が交流を目的としたシェアハウスのことです。

遡ること8年前、、、
私は北海道で大学院生として牛の筋繊維(肉質)について研究してました。

いきなりいなくなってごめんよ牛さん
(脱走前の私2013年)


当時、担当の教授からアカデミックハラスメント(以下アカハラ)を受けており
残り半年間で”卒業”でしたが
耐えきれなくて愛媛に逃げ出し、そのまま中退しました。
(正式に中退になるまでも色々ありました。)

1年半の間、アカハラに耐えた心は
もう完全な病気状態でした。

”人が怖い”

北海道から逃げ出したのはいいものの
愛媛で

引きこもり


になってしまったのです。


誰かと話せるようになるまで
まる1ヶ月間かかりました。
それから本や友人の言葉に支えられ
少しずつ良い方向に進んでました。

中退を前向きに!

本当だったらアカハラにおびえ過ごさなければいけなかったけど
約半年間の空いた時間ができたという気持ちになりました。
無駄にしたくないので
やりたいことをいくつか探しました。

何をやるにもお金が必要だ、、、
死ぬ気でアルバイトをしました。

物流関係、年賀状の仕分けのバイトを掛け持ちして
朝から次の日の朝5時までを週6でやっていました。
1週間で10時間睡眠。

どうしてもお金が必要だったので頑張りましたよね。

鬼畜過ぎるバイト生活1ヶ月半を終え

”人恐怖症”

のリハビリのために
四国八十八ヶ所巡りを開始しました。

四国八十八ヶ所とは
四国の周りにある八十八ケ所のお寺を巡礼していくことで
巡礼している人を
お遍路さん
と言います。
↓参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%9B%BD%E5%85%AB%E5%8D%81%E5%85%AB%E7%AE%87%E6%89%80


そこで小さな人の温かさにたくさん出会いました。


『お遍路さん?頑張りやー』って声をかけてもらえたり
『これ食べて』と、みかんやお餅などをもらったり
『寒いやろ』って、山の獣道であったかいお茶をもらい少しお話ししたり
『雲辺寺まで行くんか?乗るか?』と雪がすごくて前に進めなくなった時に
車のおじさんに協力してもらったりと、いろいろありました。
本当に感謝しています。


たくさんの人が見ず知らずの自分に対して優しく振る舞ってくれて
心が少しずつ回復していってるのがわかりました。

国際交流シェアハウスを知ったきっかけ


お遍路期間を終え、就職先の勤務地が
東京であることが決まってたピースは住まいを決めなくてはいけませんでした。
とりあえず、貯めてたお金は
お遍路さんやフィリピンでのスダディツアーなどで消えてしまったので
家賃を抑えようと愛媛のカフェで

#東京 
#シェアハウス 

と調べたのです。
そこでたまたま見つけたのが国際交流シェアハウスだったのです。

そのシェアハウスのホームページを見てワクワクした感情が
止められなくて手足を震えさせながら入居の申請を行いました。

事後報告でしたが
ピースママからは全力で止められました。
ピースの心境、慣れない東京生活、外国人との生活など不安要素を
挙げればキリがなかったからです。

だけど、既に学歴には傷がつき
悪い意味でレールから外れてしまっていたので

『別に合わなかったら辞めたらいい』

って思ってたので強い不安はありませんでした。

私が居た国際交流シェアハウスのHPはこちら

国際交流シェアハウスに入居してから

”不安はない”とは言いつつも
元々の人見知りに人間不信が相まって入居してから
1ヶ月間はまた引きこもってました。
(引きこもりの天才かよっ!)


どうやってその殻を破っていったかというと

ハウスメイトが外からぶち破いてきたのです。


半強制的に食事に連行されましたが
そこから少しずつみんなと仲良くすることができました。
初期のハウスメンバーには特に本当に感謝しています。

たくさんのハウスメイトと
たくさんの思い出と笑顔を作れるようになって
シェアハウスが大好きになってました。

シェアハウス生活の様子などはまた別で投稿しようと思います。

3年前のハウスメイトの誕生日パーティーの様子

プライベートでもたくさん問題が起き
計画通りいかない人生に
ハウスメイトがいてくれたのは本当に心強かったです。

そんなこんなで
気づいたら、住み始めて8年が経とうとしてました。
200人以上、数十カ国のハウスメイトを迎え入れ同じ屋根の下で生活しました。

信じられますか?

8年前、、、
教授が怖すぎて教授の車のエンジン音で過呼吸
家に帰って孤独感に苛まれ過呼吸
を起こしていたピースがこんなたくさんの人と出会いと別れを
積み重ねることで
人との出会いが幸せだと思えるようになったなんて、、、


留学経験者がいるのは当たり前
すごいスキルを持っている人がいるのは当たり前
英語話せるのが当たり前

その当たり前を何一つも持ち合わせていなかった
引きこもりだったピースにハウスメイトは優しくしてくれたのです。

入居していた8年間
私はシェアハウスとハウスメイトに救われ続けてきました。

自分の日常が思い出

となるのは一人暮らしではなかなかないでしょう。

”誰か知らない人がいるの怖くない?”
”部屋狭くない?”

とかマイナス部分はあるにしても
それを凌駕するほどの”楽しさ”がありました。



楽しいがすぐ側に”


ってのは、生活するにおいて
ものすごく大切なことなんだと感じました。


みんながみんなシュアハウスに合うとは思っていませんが
興味があるにも関わらず、尻込みしてる人がいるのであれば
私の心情の変化を見てもらいたいなと思っています。

ハウスによってカラーも違うので一つ一つのハウスが唯一無二な存在なのです。


危険だなって思ったのは楽しすぎてどハマりする危険があるのでご注意ください。w
以上、国際交流シェアハウスが変えたものでした!!

こんな大好きなシェアハウスを出てまでやってみたいことができたのですが
それについてはこちらのブログを見ていただければと思います。

それではまた
みかん島ライフ ピース